<ボランティアさんの企画>
ただいまって言いたくなる商店街 : 春山登山展2013に東京から関わることに。
僕の住まいは、東京の込み入った町中にある。賃貸マンションで妻と四歳の息子と三人
暮らし。今の場所に引っ越してから四年が過ぎ、子供を通じてようやっと、という感じで
馴染みの顔や場所が少し出来てきた。しかし、地域の催しに関わる機会はほとんどない
し、つながりや地元と呼べるようなコミュニティとは縁遠い。
実は、これは僕の思い描く、理想の生活とは正反対の性質なものだ。僕は動物病院で獣
医師として働く一方で、身近な自然環境の中で家族と共に生活そのものを丁寧に紡いでゆ
きたいという想いをあたためている。住む場所や人とのつながりを育むなかで、微力なが
らまちづくりに関わってゆきたいのだ。そのためにもまずはどこかに根をおろし、拠点と
なる場所を築いてゆきたいのだが、残念ながら、もっぱら模索中だ。
そんなある日、まちづくりや地方移住に関するワークショップに参加したときのこと
だ。偶然近くに居合わせ、知り合った彼のふるさとが新潟県だった。
僕も妻が新潟市出身なので、年に何度か新潟へゆく。その日のメインテーマがUターン
やIターンと呼ばれる移住だったため、思わず同郷のような気分で話しかけた。
『新潟へもどるの?』
『今はまだ戻らないつもり。いつかそうなるかもしれないけれど』
『きみは?将来、新潟へゆくの?』
逆に質問がかえって来て言葉につまった。
確かに妻の実家がある新潟市は、今後僕らが暮らす有力候補地の1つに違いなかった。
けれども、そのイメージを具体化するだけのきっかけが、これまでなかったのだ。結局、
イエスともノーとも言えないような返事になってしまったが、新潟のことをもっと知りた
いのだと話をした。
彼の話はどれも 詳しく、 興味深かった。
『そういえば、新潟市の上古町商店街って知っている?一時はあちこちで見られるように
シャッター街になりつつあった商店街だが、面白いことになっているよ』
知らないなあ。
『ヒッコリースリートラベラーズっていう、クリエーター達がいるんだ』
『なんて?もう一回教えて!』
『ヒ ッ コ リ ー ・ ス リ ー ・ ト ラ ベ ラ ー ズ』 (以下ヒッコリー)
予想外の横文字に慌てたが、話の核心にたどり着き、ノートの端に必死にメモった。
彼の話からヒッコリー代表の迫さんという方の話を聞いたとき、この人に会ってみたい
と思った。帰宅後、早速にホームページを検索し、その想いはますます強くなった。
Tシャツつくったり、生活用品を楽しくデザインしたりするのと同時に、『春山登
山』、『ワークバザール』というような商店街規模のイベントを開催したり、水と土の芸
術祭という東京にいても耳にする新潟全体規模のイベントの企画に携わっているようだっ
た。
ものづくりがどうやって人との関係づくりになるのだろう?なぜ新潟のとある商店街で、
こんな全国的に開かれてもおかしくないイベントが展開されているんだ!?今まで思い描
いていた、商店街というイメージとはずいぶん違った。それに、スタッフが皆若い人たち
なのだけれどいい顔をしていることも印象的だ。街を素敵に感じさせる秘密はどこに隠さ
れているのだろうか?これは行くしかない。頭で考えるのではなく、自分で見て感じなく
てはと思った。
ある商店街のあるお店へ行くために、新幹線にのって遠方を訪れる。そんなこと、初め
てだった。 いざ出発! こちらの想いは熱くなっていた。
しかし、ちょっと冷静になってみよう。訪れると行っても、今から考えると少々無謀な
ことだったのではないだろうか。
その場所を見てみたい、という気持ちが先行していたため、ヒッコリーのお店へ連絡を
するわけでもなく行き当たりばったりの旅だった。自分に用意された場所も待っている人
もいないのだ。放浪の旅ならいざ知らず、直前になって緊張と不安が押し寄せて来た。
はたして、自分の想いを旨く伝えられるだろうか。忙しくて迫さんには会えないかもし
れない。もしかしたら、すでに僕のような人がひっきりなしにやってきて、飽き飽きして
いるのではないだろうか。新潟駅に降り立ち商店街へ到着したころには、僕の弱気はピー
クに達していた。
でも、せっかく来たのだ。そう自分に言い聞かせ、まずは深く考えすぎずに上古町商店
街を、ゆっくり端から端まで歩いてみることにした。
いい感じだった。アーケードのない作りの商店街通りは気持ちよい明るさで開放的だ。
あまり人目を気にせずにいられる雰囲気も、落ち着いた気持ちになれた。緊張が少しずつ
ほぐれる。
僕は路地を覗き込んだり、真新しお店と古いお店をを見比べたり、立ち止まってはウロ
ウロと、歩き方が自由になっていった。また、小雨の混じる静かな通りを眺めながら、
『春山登山』というヒッコリーが開催する小さな芸術祭や、お正月の光景など、日常とは
また違った晴れの日の商店街通りを想像するのも面白かった。
そうこうして、ようやっとヒッコリーの店舗の扉を開けることができた。僕は一通り店
内を見て回り、思いきってスタッフの方に話しかけた。
『東京からですか。ようこそ!新潟っていいところですよ~』
ドギマギしながら自己紹介する僕は、さぞかし怪しかったであろう。にもかかわらず
ふんわりとした笑顔で答えてくれ、優しさに救われる思いだった。そして、会話のおかげ
でだいぶ緊張もほぐれてきたころ、忙しそうにお店に立ち寄った雰囲気の男性に気が付い
た。スタッフの方が紹介して下さった。それがヒッコリーの代表であり、上古町商店街振
興組合理事でもある迫さんだった。
迫さんは、ちょうど開催中だった水と土の芸術祭の打ち合わせにゆくところだった。急
いでいるだろうに、申し訳なかったなと思っていたら、
『車で移動するけど、話しがてら一緒にいきます?』
と、予想だにしない迫さんの言葉が。驚いた。あんまりにも話したそうにしている様子
が、ばれてしまったのだろうか。
『え!?いいんですか?行きます!!』ここは有り難く甘えさせてもらおう。僕は迫さん
が運転する車の助手席に、急いで体を滑り込ませた。
忙しいはずなのに、迫さんは落ち付きのある柔らかな物腰の方だった。
僕は、なぜ東京から来たのか話した。迫さんはどうして新潟でお店をもつようになったの
か、商店街との縁や街に関わる面白さを話してくれた。
『昼ごはんまだなんですけど、食べました?よかったら一緒に』
話しているとあっという間に目的地へ着いてしまったのだが、ここでも、さりげなく一
緒に巻き込んでくださった。
港で海をみながら、寒さにふるえつつ、二人でカレーを食べた。全部あわせても30分
くらいの出来事だったかもしれない。でもめくるめく展開に、僕はワクワクせずにはいら
れなかった。
後日、迫さんとメールで挨拶をかわすと、
『こんど、何か手伝ってみませんか?』と返信がきた。ありがたかった。
突然押し掛けていった僕の話を聞いてくれた上に、迫さんたちの見ている街の景色を追
体験させてもらってたような不思議な体験だった。一人で眺めているのとは、同じ景色も
違って見えた。
よそものを、自分も来ていいんだと思わせてくれる、そういう雰囲気作りは難しそうだ
が、とっても重要なのだと思った。建物だとか、通りの景観も大事な要素だが、まずそこ
が僕にとっては心に差し伸べられた一本の綱のように感じた。こちらから、しっかりつか
もうと思った。
迫さんをはじめ、上古町に関わる人たちは、上古町で暮らしているって事をいろんな形
で楽しんでいるようにみえた。
例えば、春に毎年開催されている『春山登山』は、商店街周辺を巡る事が、期間中にし
かない特別なギャラリーを巡る旅と化す。上古町と関わっているこんな作家さんがいるん
だ!という発見は、普段は目に見えない、この場所の抱える人という魅力に気づくきっか
けになりそうだ。逆に外からみていると、こんな人たちが集まってくる街ってどんなとこ
ろだ?ってすごく自然にこの場所への興味が湧く。
似たようなことが、ヒッコリーの店舗で紹介されている商品や作品にも感じる事ができ
る。新潟県は、米をはじめとする農作物や酒などは全国的にとても有名だ。でも、ヒッコ
リーの店舗で誰でも手に取りやすく、ちょっと心踊るような素敵にデザインされたものも
のたちを見ていると、商品を通じてガイドブックにはない新潟の魅力に気づいてゆく。い
や、『新潟の』という言い方は、ちょっと表現が違うのかもしれない。
この場所、あるいは近く縁の或る人たちから生み出された物1つ1つを見渡してみた
時、それらは『実はみんな新潟にあるものなんだ』という感じだ。だから、新潟って面白
い場所なんだね!となる。面白く魅力ある町に住んでいるんだということは、誇りにもな
るだろう。
そんなことを通して、当事者たちが素敵だったり楽しそうだからこそ、じわりじわり
と、出会った人々の心をつかんでいるのかもしれないなと思った。
もしかするとこの数百メートルの通りを、僕が東京から思わず訪れてしまったように、
この場所と出会うという出来事自体が、実はもう、面白さそのものになっているのかもし
れない。そしてその場所で、人と出会う仕掛けがある。時にそれは伝統工芸品であった
り、新潟内外の作家作品であったり、ものを通して縁のある面白い人を知る、ということ
でもあるだろう。
ここは、何かと何かをつなぐ場所なのかもしれないなあ。
そんなふうに思うと、僕が上古町商店街をはじめて訪れたときに感じたあの居心地のよ
さが、また体の中に思い出されるようだった。
この場所だからこそできることを発見して楽しんでゆくことは、困難もあるだろうけれ
ど楽しそうだ。
或るとき、東京で仕事をしながら、
『今頃、新潟の上古町では雪が降ってるのかな』
なんて、心の中で想像する自分に気が付いた。僕の周辺に流れている時間があるように、
遠く離れたある場所にもまた、そこの天気があり人の暮らしがある。そんな思いを馳せて
いると、なんだか、上古町商店街という所が、ふるさとのように思えて来た。
なにをしにゆくってわけでもないんだけれど、何か面白いものに出会うかもしれない。
『また、 あの商店街へ行ってみようかな』
東京で暮らしながら、僕は今日も、ふとそんなことを思っていた。
赤松 大
1979年兵庫県生まれ。獣医師。在学中より写真家 細川剛氏に師事。
青森、岩手を中心とした東北の自然や暮らしの中で活動。
2007年より東京の動物病院勤務。動物や写真を通して身近な自然と向きあう。
2004-2006年 十和田市の地域新聞連載、
2004年東川国際写真フェスティバル・写真インディペンデンス展参加